2022.08.05
# 研究生活

人はなぜ、何でも分けたがるのか? 「分ける」とはどういうことか、考えてみた

【「分類学」はじめの一歩】

すべての生物学の土台ともいえる学問に「分類学」がある。このたび『生物を分けると世界が分かる』(講談社ブルーバックス)を上梓した分類学者の岡西政典氏は、「分類学を知ると、この世界の見え方まで変わる」と話す。いったいどういうことか。

分類学は人間の本能から生まれた学問でもあるそうなのだが、分類学を知る最初の一歩として、そもそも「分ける」とは何か、考えてみよう。

(※本記事は『生物を分けると世界が分かる』の内容を抜粋・一部編集してお届けしています)

2つのボール、分けられますか?

生物を分類するとは、どういうことであろうか。なぜ私たちは「生物を分ける」必要があるのだろうか。まず、ここから考えていこう。

この非常にシンプルな命題に答えるためには、まず「ものを分ける」ということについて考えなくてはならない。とても根源的な、人間の、動物の本能ともいえる行動だが、真剣に向き合った経験はどれほどおありだろうか。

たとえば目の前に、茶色いアメリカンフットボールとバスケットボールが1つずつ転がっていたとする(図1)。

【図】この2つ、どう分ける?図1 この2つ、どう分ける?

「これは同じ種類のボールですか?」と聞かれれば、あなたはどう答えるだろうか? 普通はすぐに「別の種類です」と答えられるだろう。円形と楕円形という違いはもちろん、中身の構造とそれに伴う弾力性の違いなど、さまざまな特徴をもって、あなたはそれらを別種と判定するはずだ。

あなたが無意識に分けることができたわけ

しかし、じつはその判定は、あなたが事前にそのこと――2つのボールが別種であること――を知っているからこそ為せるのだということにお気づきだろうか?

アメフトやバスケットのプレイ経験の有無にかかわらず、今あなたはきっと、これまでに観たそれらのスポーツの試合を無意識に思い返し、目の前の2つのボールを「分けて」いる。目の前の物体だけでなく、過去に見てきたいくつものボールを頭に思い浮かべて、それらを種類分けしているはずである。

というより、そういう過程を経ないと、目の前の物体を2種類に分けることができない。もしあなたが生まれて初めてアメフトとバスケのボールを見たとすれば、その2つが別種であると判断できないのである。

想像してみてほしい。目の前の2つのボールが初めて見るものであれば、その種別を判断するために、あなたは当然、それらをつぶさに観察するだろう。たしかに形は違う。重さも弾力も違うように感じる。しかし、色は茶色で似ているし、一応どちらも(楕)円形である。

悩みに悩んだ挙句、あなたは、この状況ではどうしてもそれらが別の種類であると判断できないことに気づくだろう。なぜならば、

「もしかすると、この中間の形もあるのでは……?」

この疑問をどうしても払拭できないからだ。目の前にあるのは、さまざまな形を持つある1種類のボールの、たまたま形の違う2つに過ぎないのかもしれない、と。もしくは、どちらかがボール造り職人のミスでたまたま楕円形になってしまったもの(生物学でいえば「奇形」)なのだと思うかもしれない。

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