2022.08.26
# 地形 # 鉱物 # 海

古代文明滅亡の謎を秘めた、エーゲ海の火山島――歴史に刻まれた誕生と成長

外洋と隔てられた静謐な海で育まれた

島はどのようにできるのか【第6回】

火山噴火はそのダイナミックで圧倒的な姿により古くから人々を魅了し、畏れられ、時には歴史的な書物の中にその様子が記録されてきた。日本国内では、古文書で遡ることができる噴火の記録はせいぜい6〜7世紀までであり、それより古い記録は地層に残された痕跡から探るほかに術はない。

今回取り上げるサントリーニ火山・カメニ島は,紀元前古代ギリシアの時代から現代に至るまでの歴史の中で、噴火のたびにその様子が記録されてきた世界的にも稀な場所である。サントリーニ火山、そしてカメニ島とはどのような場所で、地中海の歴史とともにどのように変化してきたのだろうか? 歴史記録や筆者の訪問記録をもとに探っていきたい。

エーゲ海に浮かぶ火山島サントリーニ

切り立った崖の上に所狭しと並ぶ丸屋根の白い家々、その背後に静かな海が広がる様子はサントリーニのガイドブックの表紙としてお馴染みの光景である。ギリシアの歴史や文化、美しい自然を象徴するかのようなこの島を肌で感じようと、世界各地から多くの観光客が訪れる。

地中海のやや乾燥した気候は葡萄やオリーブの生育に適しており、サントリーニは食の面でも魅力的な場所となっている。海辺の美しい風景に囲まれワインを片手にゆったりと過ぎゆく時間を堪能できる、まさに地中海の楽園のような場所だ。

一方で世界有数の活火山としても広く知られている。独特の景観と文化が、長い年月にわたる火山と人間の共生の結果生み出されたものであることを、サントリーニを訪れると実感できる(写真1)。

【写真】ティラ島北部イアの街並み1 ティラ島北部イアの街並み

サントリーニの生い立ちと現在

活火山サントリーニが属するエーゲ海キクラデス諸島南縁は日本列島と同様沈み込み帯にできた火山列であり、火山島や海底火山が多く存在する地域だ。サントリーニを特徴づける三日月型のティラ島と西側のティラシア島をつないでできる環状の構造はカルデラ地形であり、この場所が巨大な火山であることを象徴する(写真2)。

【写真】カルデラ壁上に発展したティラ島中心部の街並み2 カルデラ壁上に発展したティラ島中心部の街並み

現在はティラ島をはじめ大小の島々からなるが、かつてはここに大きな火山島が存在したと考えられている。過去数十万年の間に巨大噴火を繰り返した結果、特徴的な地形の火山島群がつくられ現在はそこに約15000人の住民が暮らしている。

ミノア文明を崩壊させた?

サントリーニを最も有名にしたできごとは、島南部のアクロティリで、紀元前1610年頃に形成された厚い噴火堆積物の中から、ミノア文明の遺跡が発掘されたことだろう。

【写真】クノッソス宮殿3 ミノア文明を代表する遺跡「クノッソス宮殿」 photo by gettyimages

ミノア文明はサントリーニの南約120kmにあるクレタ島を中心に東地中海一帯で興隆した後期青銅器時代の文明である。クレタ島の古代都市クノッソスは壮大な宮殿(写真3)を持ち、政治、宗教、経済の拠点として、紀元前2000年頃から1400年頃まで栄えたとされる。

アクロティリ遺跡の発見により、この時代にサントリーニで起きた超巨大噴火がミノア文明を崩壊させたのではないかという仮説が立てられ、多くの研究者がこの問題に取り組んできた(写真4)。

【写真】アクロティリ遺跡4 アクロティリ遺跡 photo by gettyimages

しかしアクロティリ遺跡からは、犠牲者の人骨や貴重品は見つかっていない。また、最も激しい噴火に先駆けて起きた小規模な噴火の痕跡も存在し、アクロティリの街は突然の噴火に見舞われたのではなく、大噴火の発生を察知した人々は船で脱出する時間があったと考えられている。ただその後に発生した巨大火砕流や津波から無事に逃げ切れたかどうかについてはわかっていない。

関連記事