2022.08.09

国会で取り上げられた「世界政経調査会」と宮子実の戦後史

知られざる「同期トップ」たちの戦後史
「陸軍大学校卒業者人名表」に記載された、辻政信の期でトップだった宮子実。宮子の戦後を追った前回に続き、今回の記事では宮子が籍を置いた世界政経調査会の謎に迫ります。

関係者の証言と資料を元に昭和を生きた参謀たちの実像に迫った『昭和の参謀』を執筆した前田啓介氏のオリジナル論考をご紹介します。

戦後の「情報勤務」に就いた宮子たち

日本の行政を支え、中央省庁、中央官庁に勤める優秀な官僚を供給する東京大学法学部。今の時代でも、まだそういう説明はまだ無効にはなっていないだろう。東京・本郷の赤門を入ってすぐ、法学部の建物の地下に、近代日本法政史料センター原資料部はある。ここに所蔵された辰巳栄一の資料は、誰でも見ることができるわけではなく、遺族の許可を得れば閲覧できる状態にある。

資料群の中に「内閣調査室報告書類」というタイトルの、便箋に20枚超の資料があった。

そこには、中国から帰国した人の調査を実施するための機関の人選を行った様子が辰巳によって記されており、宮子実の名前も登場する。「陸隣会」だけではなく、1960年から宮子が役職に就いた「世界政経調査会」、さらに、宮子の経歴の中にあった「中国事情調査会」との組織の名前も出てくるのだ。やはり、宮子は陸隣会に当初から加わり、情報業務を行っていた。

この報告書には、宮子の人物評まで記されてあった。
それには、宮子が辻政信と同じ36期であり、この期の「トップの俊才」であるとはっきり書かれていた。陸軍内のしかるべき立場の人たちからは、36期のトップは宮子だと周知されていたのだ。

さらに、辰巳が内閣調査室初代室長の村井順から、機関の長を誰にするか、人選を頼まれた時、河辺虎四郎や下村定の推薦によって、宮子を選んだとある。『宮子実遺稿集』には、1949年に金沢へと帰郷し、生命保険の営業を行ったことが記されていただけだが、辰巳の資料には、宮子が金沢で保険業務をやりながら、河辺機関の一員として、諜報業務をやっていたことまで書かれている。

興味深い記述はさらに続く。河辺は、宮子を「航空幕僚長」にしようと金沢から東京に呼んだというのだ。参謀次長、航空総監部次長などとして、宮子と接してきた河辺は陸軍省、参謀本部の課長クラスの中で宮子を「トップだとエライ評価」していたという。

また、宮子のことを「非常な努力家」でもあると讃えている。ただ、その反面、人間が固すぎて、部下を率いることに難があるというようなことも書いている。「ウルフ」という仇名からイメージされる孤高さがここで重なる。

大本営の「情報参謀」であった軍人たち数人が部下として、宮子に従ったことが記されているが、その中で、名前がはっきり分かるのは大屋角造だ。

瀬島龍三と同じ陸士44期の大屋は、任官50年を記念した『回想録』に、「うら道人生の回想」と題して寄稿している。

参謀本部の欧米課に在籍していた大屋は、大戦中の多くを「対米英情報業務」に従事し、戦後は「約三十数年を政府筋の機関において、国家の機密にわたる情報勤務に携わってきた、陽の当たらぬいわゆる縁の下稼業」であったと回想している。寄稿では、この戦後の「情報勤務」について述べている。

二十八年春、某将軍を通じ吉田政府筋の委嘱をうけて秘密裡に、政府情報機構の中に旧陸軍情報部に似た機関が創設されることとなり、これに参画した。その任務はアジア共産圏の情報を蒐集することにあった。続いて一部自由圏諸国の情報機関と連携して逐次その範囲と規模を拡大した。

「二十八年」は昭和28年、1953年のこと、某将軍は辰巳栄一であろう。
大屋の回想は次のように続く。

内閣調査室の陰にあって活動したこの機関の挙げた成果は今でも公表を憚るものが多いが、この機関が国益に寄与したこと、多大なるものがあったと自負している。

大屋は朝鮮戦争時には、ソウルで1年間ほど情報活動をしていたと証言するなどほかにも掘り下げたい経歴の持ち主だ。いずれにしても、大屋の戦後の歩みは、宮子の戦後の経歴ともシンクロするが、残念ながら寄稿に宮子の名前はなかった。

そこで、大屋が1972年に刊行した『林彪以後の中共軍』にあたってみた。その序文に宮子の名前があった。「本書の出版のため激励やご援助を下さった」人物として真っ先に宮子の名前を挙げていた。これだけだが、十分だ。大屋と宮子のつながりは確かにあった。

ちなみに、湯浅さんによれば、陸隣会が世界政経調査会になるのだというのだが、この内閣調査室が調査を委託していた団体である世界政経調査会自体がまた、松本清張的世界観に満ちている(実際、松本清張も内閣調査室周りのことを書いている)。
ジャーナリストの吉原公一郎は、『謀略列島』の中でこう書く。

理事のほとんどが特高・警備公安上がりで、防衛庁にもかかわりのある人物である。「世界政経調査会」が何を目的に作られたか、その一端をそこにかいまみることができよう。

 

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