ド文系ライター、理系開眼! 独学でわかった「物理学は最高のエンターテインメント」

この世界の摂理を解明するのが物理であるなら、それを語る言語が数学である。もし無数の真理の一つにでも辿りつけるなら、世界が拓かれる感覚に浸ることが叶うのだ――

自他ともに認める「ド文系のおっさん」が、いやおうなく数学・物理の世界にぶち込まれて勉強するうちにその面白さにハマり、ついに上のようなカッコいいことを言えちゃうまでに成長してしまった! ヒトは独学でそんなに変われるものなのか? 体験者が語る、その醍醐味!

「宇宙という書物は数学の言葉で書かれている」

しばしばポピュラー・サイエンス系の本などで引用される、ガリレオ・ガリレイの有名な言葉である。

しかし、いまでこそシタリ顔で「有名な言葉」などと紹介してはいるものの、私は45歳になるまでこの言葉を見聞きしたことがなかった。数学も物理もきわめて苦手な「ド文系」を自認する私は、そういう類(たぐい)の本をほとんど読んだことがなかったからだ。

ガリレオの言葉で昔から知っていたのは、超がつくほど有名な「それでも地球は動く」だけである(しかも「ガリレオはそんなこと言っていない」という説もあるので、私はガリレオの言葉を何ひとつ知らなかったのかもしれない)。

文系ライター、理系の魅力に踏み込む

そんな私が、45歳のときに、初めてポピュラー・サイエンス方面の仕事に携わることになった。2009年のことだ。日本を代表する理論物理学者、村山 斉(ひとし)先生『宇宙は何でできているのか』(幻冬舎新書)の編集をお手伝いしたのである。

「なんで私にこの仕事を?」と怪訝(けげん)に思ったが、担当の女性編集者Kさんは、何も知らないド文系人間が関わったほうが、サイエンスライターに任せるよりもわかりやすくなると考えたらしい。

そのとき村山先生から教わったのが、冒頭の名言だ。もしこれを十代の頃に教わっていたら、私は数学や物理の勉強を放り出すことなく、理系の道に進んでいたかもしれない。

というのも、高校時代の私は、そもそも物理学が宇宙の謎を解き明かそうとする学問だなんて知らなかった。斜面を転がるボールの加速度(ただし摩擦力は無視する)だの、滑車や振り子の働きだの、作用と反作用だのと言われても、そんなことの何が面白いのかさっぱりわからない。きっと機械を設計する人なんかには役に立つお勉強なんだろうけどさぁ……ぐらいの認識である。

【写真】理系の書籍が増え続ける筆者の書棚「物理学なんて、何が面白いのかさっぱりわからない」と言っていた著者の書棚は理系の書籍が増え続け、いまやこの通り

実用的な知識という印象しか抱かなかったので、小学校の図画工作や中学校の技術家庭なども嫌いだった不器用な私は、物理にまったく学習意欲を持てなかった。

当時はそんな言葉も知らなかったが、高校時代の私は、物理学をいわば「工学」的なものだと思い込んでいたのだろう。「科学技術」という言葉でいっしょくたに語られるせいで、サイエンスとテクノロジーを混同する人は多い。私もそのひとりだったわけだ。

村山先生の企画も、Kさんから最初に聞かされた仮タイトルは『素粒子物理学入門』だったので、宇宙の話だとは微塵も思わなかった。なにしろド文系だから、そもそも素粒子と微粒子の区別もついていない。ミクロの技術で医薬品なんかをつくる「ナノなんちゃら」的な素材の話かしら……ぐらいの認識である。

物を知らないにもほどがあるが、やはり実用的というか工学的というか産業的というかイノベーティブというか、とにかくモノヅクリ方面のテーマなのだろうと思い込んだのだった。

ところが、である。手始めに村山先生の講演会を聞きに行ったら、いきなり宇宙の話が始まるじゃありませんか。何かの間違いではないかと思って、ひどく狼狽(ろうばい)したものだ。

それでもともかくお話を拝聴していると、これがめっぽう面白い。素粒子とは、物質の基本単位のことである。原子を構成する陽子や中性子よりもはるかに小さいから、「ナノなんちゃら」どころの騒ぎではない。ナノメートルは10のマイナス9乗メートルだが、現時点でいちばん小さいと考えられているクォークという素粒子は大きく見積もっても10のマイナス19乗メートルというオーダーだという。

私の身長と東京スカイツリーの高さだって二桁しか違わないのに、ナノなんちゃらと素粒子は10桁もサイズが違うのだ。そういう物質の根源を探るのが、素粒子物理学なのだった。イノベーションとは、とりあえずまったく関係ない。

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