北海道企業『ニトリ』躍進の一端は、インサイダー事件で退任した名経営者との契約にあった!?

ニトリ、ツルハ、DCM…トップ企業が続々出現 北海道企業はなぜ強いのか(1)
いま、「北海道企業」が続々日本の小売り業を引っ張る位置に躍進している。ニトリ、ツルハ、DCM…なぜこれほど、北海道から「強い小売り企業」が続出するのか。北海道新聞経済部長を務め、長年業界を取材してきた著者が、その秘密に迫る著書『「北海道企業」は、なぜ強いのか』より抜粋してお届けします。
第1回は、北海道から全国へ。ニトリの大躍進の一端に迫る。

北海道由来の2社による『島忠』争奪戦

日本全体を俯瞰した時、優れたチェーンストアを1番多く輩出している地域はどこだろうか。多くの人は、それがニトリを生んだ北海道であることに気付くだろう。象徴的な出来事が2020年の後半にあった。首都圏を中心にホームセンター兼家具量販店を展開する島忠(本社・さいたま市)を巡って、DCMホールディングス(HD)とニトリHDが繰り広げたTOB(株式の公開買い付け)合戦である。

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島忠は1890年(明治23年)、埼玉・春日部でたんす製造業者として創業、家具販売業に転じ、ニトリが台頭するまでは国内トップの家具量販チェーンだった。70年代後半にホームセンターにも参入。61店(20年8月末現在)の大半がホームセンターと家具店の複合型店舗だった。全体の8割超の55店が東京、神奈川、埼玉の1都2県に集中し、首都圏の一等地に数多くの店を持っているのも特徴だ。19年8月期の売上高は1463億円で、19年度のホームセンター売上高ランキング7位。首都圏の消費者には知られた企業である。

その買収に、ホームセンター売上高ランキング2位のDCMHD、ホームファニシングストア最大手のニトリHDが相次ぎ名乗りを挙げたのだ。DCMHDの20年2月期の売上高は4373億円。ホームセンター首位のカインズとはわずか37億円差で、前年の18年度までは10年以上にわたって最大手の座を守ってきた企業だ。

要するにホームファニシングストア、ホームセンターそれぞれの国内トップ企業が、双方の性格を併せ持つ首都圏の優良企業の買収を争う構図である。

この争いは、DCMHDと島忠の間でいったん合意された経営統合案を、ニトリHDが新たな提案によって覆くつがえして勝利する(20年12月29日、ニトリHD側のTOBが成立、島忠を子会社化)異例かつ劇的な結末になった。

ニトリHDとDCMHDの両社には因縁がある。DCMHDもまた北海道にルーツを持ち、90年代には、互いに切磋琢磨しながら全国制覇を目指した間柄であったという点だ。

06年、北海道のホーマック、愛知のカーマ、愛媛のダイキという各地を代表するホームセンター3社が経営統合した。この3社の持ち株会社として発足したのがDCMJapanホールディングス、現在のDCMホールディングス(10年に社名変更)である。

このころの日本のホームセンターはリージョナルチェーン2しかなく、よく言えば群雄割拠、悪い言い方をすれば“どんぐりの背比べ”が実態だった。その中で先陣を切り〈全国制覇〉〈2015年のグループ売上高1兆円〉を目指し、エリアを超えて手を結んだ3社(各社の頭文字を取って〈KDH連合〉とも呼ばれた)の動向は、関係業界に驚きをもって受け止められた。

壮大な目標を掲げ、KDH3社の統合を仕掛けたのが、ホーマック会長兼社長(当時)の前田勝敏氏(1945‒)である。

前田氏は、ホーマックの前身、石黒ホーマの創業者、石黒靖尋氏(1936-2011)が76年にホームセンター1号店を釧路に出したころから右腕として支え、二人三脚で同社を北海道のトップ企業に押し上げた人だ。

日本列島の東端にあり、仕入れ先から遠い釧路でホームセンターを健全経営するには、緻密な在庫管理が不可欠――。そう考えた前田氏は、80年代前半にイトーヨーカ堂が成果を上げていた〈単品管理〉の導入を思い立つ。

単品管理とは、POS(販売時点情報管理)システムを通じ、商品の売れ行きを文字通り単品ごとに把握する在庫管理技術のことだ。前田氏は06年の私の取材に対し、その原体験を次のように語っている。

釧路でホームセンターを始めたばかりのころ、お客さんの求める小さな部品が1個欠品しただけで、損失が予想外に膨らむという体験をしたのです。長距離電話料金が距離に比例して高くなる時代だったので、釧路から大阪のメーカーに追加注文すると、部品の単価をはるかに上回る電話代がかかってしまった」

「困ったことに、当時の釧路には同業の店がないから、お客さんに他店を紹介することもできないわけです。商品がたった1個足りないということが、お客さんにも会社にも損をさせるんだなあと痛感させられました

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