2022.09.12

明治以降150年間、
日本人を苦しめつづける英語!
諸悪の根源は英語の教育法?

2020年度、小学校で外国語が正式教科になった。はたして、日本人は英語を使えるようになるのか?
2021年の日本人の英語力ランキング順位は、TOEIC国別スコアランキングで、日本は世界45カ国中31位、EF英語能力指数ランキングで、112カ国中78位。中高6年間、膨大な時間と労力をかけて学んだ結果がこれだ。
はたして英語は、どのように教え、学ぶべきか? また、学ぶ必要がないのか? この国を100年以上席巻し続けるホットな話題をめぐるバトルの歴史を探ります。
(※本稿は江利川春雄『英語教育論争史』を一部再編集の上、紹介しています)

あんなに勉強したのに!報われないエネルギー

中学・高校だけで六年間、膨大な単語を覚え、文法を勉強し、暗号解読のような苦労で英文を訳し、長文の速読練習もした。定期試験に追われ、受験勉強も頑張った。それなのに、英会話となると言葉が出てこない。読もうとしても知らない単語だらけ。英作文はいつまでも自信が持てない。
たいへんな労力をかけた割には、使えるまでにならない。それが英語だ。
なのに、なぜ中学・高校で英語が必修なのか。この報われないエネルギーを他教科の勉強にまわせば、日本人の学力はもっと向上するのではないか。せめて選択科目にして、本気で英語をやりたい人にだけ集中特訓をすればよいではないか。

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明治・大正・昭和のご意見番たち

こんな疑問を抱いた日本人は戦前からたくさんいた。明治・大正・昭和の代表例を見てみよう(現代表記に変えて要約)。
「英語は習得が非常に困難で、労苦の割には実用水準に達しない。やってもできないことは最初からしない方がよい」(社説「外国語放逐論」『教育報知』一八九〇(明治二三)年七月五日号)
「中学校の外国語をなくせば、生徒の苦痛が減少し救済される、教育費の負担を軽くできる、時間を他に転じて有効に使用できる」(大岡育造「教育の独立(中学校より必修外国語科を除却すべし)」『教育時論』一九一六(大正五)年一〇月五日号)
「国民生活に外国語は必要ないのに、生徒は過重なる外国語の負担を背負わされている。外国語科の処分は今日の急務である」(藤村作「英語科廃止の急務」『現代』一九二七(昭和二)年五月号)

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