2022.09.12

受験英語の起源は、130年前にさかのぼる
日本独自の「英文解釈法」の成立!

日本人がずっと避けては通れなかった英語学習。歴史の表舞台には現れないが、私たちの英語学習にとって最大の礎となっているのが、斎藤秀三郎による『実用英文典』である。2015年に全訳され、『実用英文典』(開拓社)として刊行された。
実は1890年代末に、斎藤が中心になって、「英文解釈法」や「文法訳読式教授法」が成立したのである。
一方で、日清・日露戦争での勝利は、英文法偏重から英語コミュニケーション能力を重視すべきとの主張も呼び起こした。
(※本稿は江利川春雄『英語教育論争史』を一部再編集の上、紹介しています)

明治期に確立された独自の英語教授・学習法

一八九〇年代末(明治三〇年代初め)には、斎藤秀三郎らによって日本における学習英文法が体系化され、それを応用した「英文解釈法」や「文法訳読式教授法」が成立する。文部省は外国語教育の国家基準を定め、そこに「訳解」や「英文法」などを位置づけた。
「文法訳読式教授法」とは、文章の理解を目標に、文法シラバスに基づき、読み物や練習問題からなる教科書を用いて行われる教授法である。
それは明治末期の日本で確立された独自の英語教授・学習法であり、単語の逐語訳を漢文訓読式に日本の語順に当てはめる明治前期の「訳読法」とも、脈絡のない短文の翻訳を通じて文法を理解させる西洋のGrammar-translation Methodとも異なる(平賀優子「日本の英語教授法史」)。
しかし、三者はしばしば誤解・混同されているので注意が必要である。

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使える英語力へ!

明治前期の実学としての英学の時代が終わると、いつまでも翻訳による西洋文明の受容だけに甘んじることはできないとの主張が現れた。
日清・日露戦争の勝利を経て日本の経済力や国際的地位が向上するにつれて、英語による発信も必要となり、英会話を含めた英語コミュニケーション能力(使える英語力)を求める声が強まった。
一九世紀末からヨーロッパで起こった音声重視の外国語教授法改革も日本に影響を及ぼした。他方で、文法や読解こそが日本人には重要だとの主張も根強かった。

「英文法偏重・擁護論争」と
「ナチュラル・メソッド論争」

優先すべきは文法訳読か、話せる英語か。この問題は今日まで続く日本人と英語をめぐる大問題である。
たとえば、中曽根内閣直属の臨時教育審議会は、一九八六(昭和六一)年四月の第二次答申で、「中学校、高等学校等における英語教育が文法知識の修得と読解力の養成に重点が置かれ過ぎている」と批判した。これを受け、文部省は一九九〇年代以降の英語教育を「コミュニケーション重視」に切り換えたのである。
文法と読解を攻撃し、「話せる英語」をめざした実践的な英語教育の要求。これと同様の議論は、すでに一九〇〇~一九一〇年代(明治末期~大正初期)に行われていた。
「英文法偏重・擁護論争」と「ナチュラル・メソッド論争」である。二つの論争は、ほぼ同時期に互いにからみ合いながら展開され、斎藤秀三郎、磯辺彌一郎、神田乃武(ないぶ)、岡倉由三郎などの当時を代表する英学者たちが関わっていた。

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