2022.09.12

受験英語の起源は、130年前にさかのぼる
日本独自の「英文解釈法」の成立!

江利川 春雄

『斎藤和英大辞典』の都々逸とは?

斎藤秀三郎はイディオモロジー研究と英文法研究に心血を注いだ。
前者の集大成は『斎藤和英大辞典』(一九二八)である。見出し語五万、用例一五万、全四六四〇ページの巨巻を、斎藤は約一〇年をかけて一人で書き上げた。関東大震災(一九二三)の火災によって原稿の大半が灰燼に帰したが、ひるむことなく原稿を書き直した。晩年は直腸癌に襲われたが、八回の校正のうち七回までを一人でこなした。
『斎藤和英』の最大の特徴は、日本語の多様な表現をどこまで英語で表せるかを極限まで追究したことである。そのために、和歌、俳句、小唄、都々逸(どどいつ)など日本固有の詩歌が豊富に英訳されている。

Horeru(惚れる)●惚れて通えば 千里も一里 会わずに帰れば また千里
 Love laughs at distance, Love!
 A thousand miles is one to love;
 But when I can not meet my love,
 A thousand is a thousand, Love.

斎藤は、「日本人の英語はある意味で日本化(Japanize)されなければならない」と主張した。それは、幕末以来ずっと西洋文明と英語を絶対視してきた日本人が、それらを相対化し、日本文化に根ざして英語を主体的に扱おうという宣言である。英語の巨人が長い日英語比較研究の末にたどり着いた境地だった。

『実用英文典』

その後の英語教育の流れをここにはじまる

英文法研究に関しては、一八九三(明治二六)年にEnglish Conversation-Grammar(『英会話文法』)を刊行したが、最高峰は英文で全四巻のPractical English Grammar(『実用英文典』一八九八~九九)である。
本書以前は英米からの舶来文法書やそれらを翻訳した英文典がほとんどだったが、斎藤の『実用英文典』は日本人が理解しにくかった「時制の一致」や「話法」なども詳述し、その後の文法書と指導法に絶大な影響を与えた。
同書は「日本人による本格的文法書として初めて登場し、日本人の英文法学習および研究を一気に最高水準にまで高め(中略)その後の学校文法を決定づけたばかりか、科学文法でも避けて通れない文法書となった」(伊藤裕道「刊行100年齋藤秀三郎Practical English Grammar(1898-99)管見」)。同書が今日に至るまでいかに巨大な影響力を持っているかは、刊行から一世紀以上も経った二〇一五(平成二七)年に中村捷(まさる)によって全訳され、『実用英文典』(開拓社)として刊行されたことからも明らかである。
一八九九(明治三二)年にはこの大著を二巻本に簡略化した中等学校用教科書Text-Book of English Grammar for Middle Schoolsが刊行され、斎藤による学習英文法体系は全国に広がっていった。

斎藤秀三郎の名前は知らなくても、彼が書いた『英語実用典』は日本人の英文法学習に多大なる影響を与え、英語教育の基礎を作ったのである。

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