ロシア兵の死体がゴロゴロしていた...報道カメラマン「不肖・宮嶋」が撮った「戦地ウクライナのリアル」

脱出する人であふれていた...

国内外でのいくつものスクープ写真を撮影してきた報道カメラマンの「不肖・宮嶋」こと宮嶋茂樹さん。「戦場のリアル」を伝えるために、これまでイラク、北朝鮮、アフガニスタン、コソボなど、世界中の「紛争地」を渡り歩いてきた。2月24日にロシアによるウクライナ侵攻が始まると、いち早く現地入り。3月5日から4月17日まで各地で取材を続けた。さらに5月中旬に再びウクライナへ。『ウクライナ戦記 不肖・宮嶋 最後の戦場』(文藝春秋)を上梓した宮嶋さんにテレビ・新聞ではわからない「戦地の現実」を聞いた。
宮嶋茂樹さん(坂本慎平撮影)愛用のカメラを手に、これが最後の戦場取材になることを願う宮嶋茂樹さん(坂本慎平撮影)

――ウクライナには、ポーランド経由で入られて、最初はリヴィウに行かれましたね。そのあと首都のキーウに向かう流れで。

宮嶋:僕らがリヴィウにいる頃は、キーウの人たちは一刻も早く脱出しようと考えていたみたいです。すでにロシア軍の足音が忍び寄ってきていたので、残っている人たちからしたら、怖かったでしょうね。リヴィウはそうでもなかったんですけど、ポーランドの国境の近くまで来たら、祖国を脱出する人が鈴なりみたいになっていました。

キーウに行くと、脱出する人もここはインドかなと思うくらい人が溢れていました。寒かったので、難民が外に溢れてきて、心配していたんですけど、ボランティアもこんなにいるのかというぐらいいまして、そこはちょっとびっくりしました。

『ウクライナ戦記 不肖・宮嶋 最後の戦場』よりリビウ市中央駅。ポーランド国境に近く、国外に避難する人であふれていた(『ウクライナ戦記 不肖・宮嶋 最後の戦場』より)
 

――リヴィウから入って色々取材されたわけなんですけども、取材された都市はキーウ以外に他はどこがありますか。

宮嶋:リヴィウからキーウに行って、キーウから近くの町に行って、一番離れたのは、ほとんどベラルーシの国境の町なんですけどチェルニーヒウというところまで。あとはイルピンや、ブチャの近くのマカリウというキーウから100キロぐらい離れたところも行きました。ウクライナ取材の2回目はハルキウまで足を延ばしました。

一番近いところで南東部のセヴェロドネツクというところまでは行ったんですが、わたしが行ったときはそこまで混乱はなかったですね。ハルキウの国境近くの最前線までは行けたんですけど、3日ぐらいしかいれませんでした。

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