2022.09.13

「アトランティスの謎」に終止符か?! 「アトランティス=ミノア文明説」にメディア騒然!

地震と大洪水に見舞われ、一日にして海中に消えたと言われる「アトランティス大陸」は地中海にあった!?
「ムー大陸」はかつて太平洋上に存在した!?
多くの謎に包まれ、実在すら証明されていない、「失われた大陸」が語り継がれてきたのはなぜか? そしてなぜこれほどまでに私たちの心をつかむのか?
1960年代、日本の新聞でもその主張が注目された「アトランティス=ミノア文明説」。70年代、小松左京の『日本沈没』によって、さらなる盛り上がりを見せる。ついにアトランティスの謎が解明される時が来た……!
西洋古代史・西洋神話研究者である庄子大亮氏が謎に迫る。
(※本稿は庄子大亮『アトランティス=ムーの系譜学〈失われた大陸〉が映す近代日本』を一部再編集の上、紹介しています)

日本の新聞を賑わせた仮説

諸説のなかでも、「アトランティスを襲った大災害とは、前二千年紀におけるエーゲ海のサントリーニ火山の大噴火に伴う災害のことで、それに襲われたクレタ島もしくはサントリーニ島こそアトランティスではないか」という仮説が海外の研究者やメディアによって特に取り上げられるようになり、これが日本にも波及する。

かねてよりそうした推測はあったが、ギリシアの地震学者アンゲロス・ガラノプロス(1910~2001年)の主張が注目され、1960年には日本の新聞紙上でも紹介されていた(『読売新聞』1960年8月2日夕刊)。

また1967年7月20日の各紙朝刊でも、サントリーニ島(「サントリン」、古代名から「テラ島」、「シーラ島」などの表記あり)において噴火により埋没した町の遺跡アクロティリが発掘されたことが、アトランティスに直結するのではないかとの見解(米国・ギリシア合同考古学調査隊の発表)が紹介され、広く一般向けの話題として受け取られていたようである。

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「アトランティス=ミノア文明説」とは?

その数年後、斎藤忍随(1917~86年)(当時、東京大学文学部教授)の著書『プラトン』(岩波書店(岩波新書)、1972年)の冒頭でも、サントリーニ島の噴火とアトランティス伝説の関連性が注目されるとの話題が紹介されていた。

これは、プラトン哲学について紹介していく本論とはあまり関係がなく、取って付けたような感じを受けるのだが、読者の関心を引く冒頭の話題として当時重要なものだったと考えると納得である。
また『藝術新潮』1973年4月号では、「アトランティスの謎を解くサントリーニ島の発掘」が特集されており、この頃にかなり広まっていたのではないかと思われる。

便宜的にこれを「アトランティス=ミノア文明説」と呼ぶ。
ギリシア本土の南方に位置するクレタ島で栄え、場合によってはエーゲ海の島々も含めて捉えられる、ミノア文明こそアトランティス伝説の由来とする解釈である。

クレタ島は東西に長く延びた島で、面積は約8300平方キロメートル、地中海で5番目に大きい島だ。山が多いが、島の南側には平野が広がっている。
このクレタ島で、前2000~前1400年頃、ミノア文明が繁栄した。

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