五・一五事件をくり返すな…「山上容疑者への減刑嘆願」を考える歴史のヒント

陰惨なテロ事件は、どう展開したか
小山 俊樹 プロフィール

第二に、減刑運動の背景にあった組織の論理である。当時の軍部、とくに陸軍にとっては、五・一五事件の被告への同情の高まりは好都合であった。長年にわたり、軍は政党政治による軍縮の要求に苦しんでいたからだ。公判で事件を起こした軍人(士官候補生)たちに、軍縮や農村の荒廃などの問題を存分に語らせ、政党政治の不当さをアピールすることは、軍組織の利益になった。

条件も整っていた。軍人を裁く軍法会議(公判)の構成員は、民間の裁判と異なり、専門の法務官は一名のみ。判士長・判士、検察官も含めてすべて軍人、さらに最高責任者は軍部大臣である。軍法会議は、軍の主張や論理が最大限に反映できる舞台装置であった。

従来は政党に近かった新聞メディアも、このころ満州事変後の戦闘報道などを通じて軍との関係を深め、軍に好意的な報道姿勢を取っていた。さらに地域社会には、在郷軍人会をはじめとする親軍組織が結成され、世論を喚起する仕組みが整う。五・一五事件の詳細公表に際して、時の荒木貞夫陸軍大臣が「純真なる青年」の心情に「涙なきを得ない」と語ったことで、陸軍・新聞メディア・在郷軍人会といった数々の組織が、被告に同情を寄せる方向に動き始める。

もちろん、いかに軍やメディアが世論を盛り上げようとしても、「笛吹けど踊らず」との言葉があるように、思惑通りに大衆が動くとは限らない。先に述べたように、人びとの側に被告の主張と共振する一面があったことは大きい。ただ他の事件と比べれば、事件の及ぼした影響の重大さとともに、軍という組織が自己の利益のために被告の主張をバックアップし、メディアがそれを拡散したという構図は軽視できない。

 

なぜ被告は犬養首相を狙ったのか

ところで、五・一五事件を起こした被告たちの意図は、本来どこにあったのか。彼らの当初の意図は、必ずしも犬養首相だけを狙ったものでなく、大規模なクーデター計画にあった。事件を計画した海軍軍人たちは、政党政治による軍縮政策に危機感を感じ、国防を危うくする支配階級の打破を考えた。しかし本来なら、軍人が求める軍拡は民生予算の圧迫につながり、苦境にあえぐ人びとの共感は得られない。

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