そこで事件の計画者は「陸軍、海軍、それに民間と、三者が一体となって改新のために立ちあがることが、私たちの行動に大義名分を付する」ことになる、と考えた(古賀不二人「初めて語る五・一五の真相」)。当初のクーデター計画は、現実的な制約から同時多発テロに変更されたが、陸軍・民間人を同志に加えたことで、農村の窮乏を含めた政治批判の意味が強まり、「決起」は多数の人びとの支持を得た。
他方で、犬養毅内閣は高橋是清を大蔵大臣として、失業者の救済や農村経済の立て直しに取り組もうとした矢先であった。陸軍の上層部も荒木陸軍大臣を中心に、軍備拡張を合法的に図ろうとしていた。犬養首相をテロの標的とすることが、被告らの主張にとって有効な選択であったかは疑問が残る。ただ、計画が縮小するなかでも、直接に「怨みのない」犬養首相の襲撃予定は維持された。そして彼らにとって軍縮を支援した「怨みのある」牧野伸顕内大臣が見逃される一方で、犬養首相は殺害されてしまう。
ここに時の首相を暗殺することで世間の注目をあつめ、当時の政治全般への批判という「名分」を得て、彼らの「義憤」を広く知らしめるという、テロ事件特有の目的がうかがえる。直接的な殺意ではなく「支配階級の犠牲」として犬養首相を撃ったとする被告らの供述は、そうした意味を含んでいたのである。
「青年を突きつめた気持ちにさせないように」
このように政治的テロ事件の容疑者・被告には、一定の目的や心事がある。ただし、事件の結果だけをもって犯行の意図を推し量るのは、たいへん難しいことである。
そもそも日本政治上の暗殺事件には、いまだ真相が明らかでないものも多い。関係者が多い五・一五事件は、相互の証言の整合をとることで事件の真相がほぼ明らかにされた。だが、これは稀なケースである。
たとえば血盟団事件で井上準之助を殺害した