国民全員を容疑者に…再び現実味を帯びてきた「全体主義」本当の恐怖

秘密警察・監視社会は復活するのか
ドイツ・ナチスの被害者でもあった思想家、ハンナ・アレントは、ナチスやスターリン時代のロシアにおける「全体主義」について徹底した分析を行い、「(全体主義の)本当の恐ろしさは、ごく普通の人々が運動に巻き込まれ、分断され、国家の生活基盤がことごとく破壊されていく」点にあると主張しました。

現代新書100『今を生きる思想 ハンナ・アレント 全体主義という悪夢』から、全体主義の怖さがよくわかる個所を一部抜粋してお届けします。(なお、この記事のタイトルや小見出しなどは編集部が付けたものです)。

 

テロル──内部の敵の告発と処刑

敵対する集団の排除や差別は、およそ人類の歴史と共に古くから行われてきた。敵対集団との闘争の論理が、やがて集団自身の内部に向けられ、内なる敵の摘発と処刑というかたちで行使されるのが全体主義の「テロル」の第一の特徴である。

暴力などをともなう威嚇(いかく)による恐怖政治という意味での「テロル」が歴史の舞台にはじめて登場したのがフランス革命であった。そこでは革命の指導者たちが──民衆や、旧体制の構成員に対してではなく──お互いを敵として告発しあう。その結果、指導部がつぎつぎに交替し、より急進的な党派が指導権を握り、それがさらなる粛清をもたらすことになる。

ロシア革命のボリシェヴィキ党のテロルと粛清もフランス革命の指導部が行った自己粛清の後を忠実にたどっている。革命に反対する反動勢力ではなく、自らの党派の内部に、敵に内通する裏切り者を見出して、革命の敵として告発し、拷問によって自白を引き出す。そして罪を告白して「革命万歳」と叫ぶ被告を射殺するというテロルは、革命政党の指導者や幹部にまでおよぶのが特徴であった。

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ナチスのテロルも例外ではない。国民社会主義労働者党という名称が示しているように、ナチスも他の社会主義政党と同様に、資本家をはじめとする既得権者の支配の打破、政治・経済体制の根本的転換を主張していた。

たとえばその綱領には不労所得の撤廃、戦時利得の回収、トラストの国有化や大企業の利益の分配、土地改革や地代や土地投機の禁止といった社会主義的な要求が掲げられている。マルクス主義に代表される左翼の論理から多くのものを吸収ないし剽窃(ひょうせつ)した「擬似革命的性格」が、旧来の保守政党、反動勢力とナチスとを区別する特徴であった。

そうしたナチスの擬似革命的性格は、テロルの行使においても表れている。党の実力行使部隊であった突撃隊の指導者レーム──一時はヒトラーとならぶ指導者と目されていた──をはじめとする突撃隊幹部やナチス左派のグレゴール・シュトラッサーなどを拘束して裁判なしで処刑した「レーム事件」は、運動指導部の自己粛清という左翼のテロルと類似している。

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