「甘太郎」「しゃぶしゃぶ温野菜」経営するカリスマ社長が落ちた「M資金」の罠

巨額の資産をめぐる骨肉の争い(3)
日本を代表する有名企業をつくった「創業社長」には、どこか共通するカリスマ性がある。しかし、創業社長のカリスマ性が大きければ大きいほど、その去り際、そして去ったあとには、巨大な陥穽が残されることになる。
経済事件取材のトップランナーである筆者が、その圧倒的な取材力と筆力によって構成する最上級の経済ノンフィクション『亀裂 創業家の悲劇』から、コロワイド蔵人金男の「M資金詐欺」
を抜粋してお届け。
リア王やマクベスを地で行く、裏切りと転落のドラマ。

蔵人金男のワンマンぶりが話題に

コロワイドのもともとの成り立ちは蔵人金男が1960年代から神奈川県逗子市で切り盛りしていた食堂にその淵源がある。1970年代後半に食堂は「手作り居酒屋 甘太郎」へと当時の一大ブームとなっていた業態に衣替えし、多店舗展開に乗り出した。株式を店頭公開したのは大戸屋HDよりも2年早い1999年のことである。

コロワイドの経営する飲食店(ホームページより)

もっとも、この時点では数多ある中堅外食企業の1社に過ぎない。一躍、業界のキープレイヤーとして注目を集めるようになるのは2000年代半ば以降だ。回転寿司チェーン「アトムボーイ」を運営するアトムを2005年に買収、さらに2006年にはステーキ店「宮」を傘下に入れ、2012年には焼き肉店「牛角」と食べ放題メニューを看板とする「しゃぶしゃぶ温野菜」の運営会社を併吞、そして2014年に「かっぱ寿司」のカッパ・クリエイトを掌握した。

これら矢継ぎ早の大型買収で実務を担ったのが証券会社出身の野尻公平である。数々の実績を認められた野尻は2012年、蔵人の後を受けて社長となった。もっともそれは繰り返しになるが、創業者である蔵人の忠実な僕という役回りにしか過ぎない。

蔵人の強烈な個性を世間に知らしめたひとつのエピソードがある。それは社内報に載った蔵人による「商魂」と題するコラムの一文で、「牛角」を運営するレインズインターナショナルの社員を難じる内容だった。

「コロワイドが、レインズを買収して5年。未だに挨拶すら出来ない馬鹿が多すぎる。お父さん、お母さんに躾すらされた事がないのだろう。家庭が劣悪な条件で育ったのだろう。閑散とした家庭環境の中で育ったのか。蚊のく様な声で●△×…挨拶。個人的に張り倒した輩が何人もいる」

そんな罵詈雑言がなおも続き、最後はこう締め括られていた。

「生殺与奪の権は、私が握っている。さあ、今後どうする。どう生きて行くアホ共よ。昼飯時間は、11:30〜13:00迄に済ますこと」

Twitterで出回った社内報

人格すら否定するような歯に衣着せない物言いは品性のかけらも感じさせない。経営者の振る舞いとしては非難されるのが自然で、現に一文が流出したSNS(交流サイト)ではそうした反応が大勢だった。もっとも、一方で蔵人は病弱な妻の看病のため土日は自宅を空けない生活を長年続けるという人間味に溢れた側面もあり、例の一文の受け止めは社内と世間との間でかなり温度差があったのかもしれない。ただ確かなのは、蔵人がどんな言葉で何を言おうと、その絶対的な一声で会社組織がこれまで動いてきたということである。

 

そんななか、とんだ事実が表沙汰となる。

大戸屋HDの株主総会を翌々週に控えた2020年6月12日、新聞各紙にとある詐欺事件に関するそれほど大きくはない記事が載った。前の日、神奈川県警は都内に住む3人の容疑者を逮捕していた。架空の資金提供話を持ち掛け、県内在住の経営者からカネを騙し取ったのだという。いわゆる「M資金詐欺」の一種だ。それだけなら、何のことはない事件なのだが、その被害額が前代未聞だった。たったひとりの人間がじつに30億円を超す途方もない大金を騙し取られていたのである。この被害者こそが蔵人だった。

この事件は被害額もさることながら企業にとって創業者の重しがいかほどかという禁断の聖域を垣間見せるものでもあった。横浜地裁で行われた公判や、蔵人が容疑者らを損害賠償で訴えた民事事件の記録などをもとに、ここでしばらくそのあらましを見ていくことにしよう。

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