インドネシアの黒歴史「人権活動家暗殺事件」再捜査決定で試されるジョコ大統領の“本気度”

18年前の暗殺事件

2004年9月7日、インドネシアを代表する人権活動家が、ガルーダ・インドネシアの国際線機内で毒物を盛られ殺害された。それから18年後の今年9月7日、この事件の真相解明を目指す再捜査が、国家人権員会(Komnas HAM=コムナス・ハム)によって進められることが明らかになった。

人権活動家のムニール・サイード(ビン)・タリブ氏(当時38歳)は、オランダ・ユトレヒト大学修士課程留学に向うためガルーダ機に搭乗していた。シンガポールでのトランジットの際に体調不良を訴え、オランダへ向かう機内で、目的地であるアムステルダム到着の2時間前に死亡した。

その後、オランダ司法当局による司法解剖の結果、ムニール氏の遺体からは致死量を越える「ヒ素」が検出されたことから、単なる死亡事件から一転、暗殺事件となった。

2019年春、ジャカルタの国立図書館内の展示スペースで開かれた、殺害された人権活動家ムニール氏を追悼する展覧会(筆者撮影)

この事件では当該機に同乗していた非番のパイロットら2人が機内で毒物を飲み物に混入した容疑で逮捕、訴追され、禁固20年の実刑判決を受けたものの、いずれもその後減刑されている。

背後で「国家情報機関(BIN)」の上層部が関与して殺害を指示したとされながらも、詳細がうやむやにされてきた経緯がある。さらに事件を捜査した報告書も政府に提出されたが、当時の大統領はこれを公表せず、真相や黒幕に関する情報は完全に闇の中に葬られてきた。

 

インドネシア政府の独立機関であるコムナス・ハムがこの時期にムニール事件の真相解明に乗り出した背景には、現在のジョコ・ウィドド大統領が8月16日に国会で演説して過去の人権問題の真相解明に乗り出す姿勢を示したことが大きく影響している。

もっとも、大統領はその演説で「再捜査は司法による処罰を求めるものではなく、その目的はあくまで真相の解明にある」としていることから、どこまで捜査が徹底されるかは不透明ではある。

事件への関与が濃厚とされる国家情報局(BIN)や軍、警察などの治安・捜査機関、さらに政治家などの過去の事件を掘り返されることに対して、水面下では強い反発もある。そのため「形だけの捜査に終わり本当の真相解明には至らない」との見方も根強く、今後の捜査の行方が注目されている。

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