コロナ禍の影で感染増大しているステルス病原体「梅毒トレポネーマ」

感染症の病原体 プロファイル【4】

人類誕生から現在まで、人の死因の累計第一位は感染症であることをご存知ですか? 感染症を引き起こすウイルスや細菌などの病原微生物(病原体)は、その小さな体と限られた遺伝情報量の中に、ヒトなどに感染して自らの子孫を効率よく増やして広めるための、巧妙で狡猾な生態を持つものばかりです。

「敵に勝つには、敵を知ることから」――シリーズ【感染症の病原体 プロファイル】では、そんな病原体たちの「見事な」までの戦略、生態を、『最小にして人類最大の宿敵 病原体の世界』を執筆された微生物学者の旦部幸博さんと北川善紀さんの解説でご紹介します。

今回は、「梅毒トレポネーマ」です。SARAS-CoV-2流行の影で、感染者数が増大しています。9月上旬の時点で、感染件数は8700例を超え(国立感染症研究所「発生動向調査」iDWR)、現在の方法で統計を取り始めた1999年以降で最も多かった去年1年間の感染者数をすでに上回っています。性交渉など、「濃厚接触」を増殖の機会とするこの病原体の正体を見ていきましょう。

コロンブスが持ち帰った? 負の土産

1492年のコロンブスのアメリカ到達は、歴史上の一大偉業に数えられますが、生態学的にも非常に大きな出来事でした。航路が拓かれたことにより、新大陸のタバコやジャガイモ、トウモロコシ、旧大陸のコムギやコーヒー、ヒツジなど数多くの動植物が、それまで生息しなかった地域に広がったのです。このことは「コロンブス交換」と呼ばれています。

ただし、「交換」されたのは、有用な作物や家畜だけには限りません。例えば、旧大陸から持ち込まれた痘瘡は、免疫を持たない新大陸の人々に大勢の死者を出しました。そして、新大陸から旧大陸に持ち帰られた「負の土産」の一つだと考えられているのが梅毒です。

梅毒トレポネーマ photo by National Institute of Infectious Diseases, Japan

伝播のルートを物語る「別名」

コロンブスが帰還した1493年、スペインのバルセロナに突如として出現した梅毒は、瞬く間にヨーロッパ全土に広がりました。イタリアでは「スペイン病」、フランスでは「イタリア病」、ドイツやイギリスでは「フランス病」、ポーランドでは「ドイツ病」、ロシアでは「ポーランド病」といった別名があり、その伝播のルートが漠然と読み取れます。その後、東南アジアを経て1512年には日本に伝来。16世紀中には、世界中で流行する一大伝染病になりました。

【写真】中世の木版画に描かれた梅毒と思われる病気に関する寓話ベッドの若い女性が、出かけていく恋人を見ている。彼女の背後には、感染して命を落とした過去のパートナーの影が、死を意味する髑髏の姿で描かれている。15世紀ころ、ドイツの木版画 photo by gettyimages

それまで知られていた疫病とは違い、死に至るまで数年以上と進行が遅いため当初は甘く見られがちで、性感染症であることから美男美女の証として自慢する人もいたようです。しかし一方では、顔などが組織変形によって美観を損ねたり、精神疾患を起こすことから恐れや忌避をまねき、18世紀には恥ずべき病気だという認識が広まりました。

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