2017.01.20
# アメリカ

トランプが心酔した「自己啓発の元祖」そのあまりに単純な思想

だからこの男は、大統領になったのか

昨年11月の大統領選挙の直後、所用でマンハッタンにいたわたしは、ある教会を訪ねて五番街へと向かった。

折しも「反トランプ」のデモが通りを埋め尽くした日で、「トランプタワー」の前には分厚いコンクリートのバリケードが置かれ、防弾着とライフルで重装備をした警官が立ち並んでいた。目的の教会は、そこからまっすぐ南へ歩いて30分ほどの距離にある。

同じ五番街に面したその「マーブル教会」は、北米に現存する最古の教会の一つである。創立は1628年。アメリカ独立のはるか前、ニューヨークがまだオランダ統治下で「ニューアムステルダム」と呼ばれており、住民が全部で300人足らずだった頃に始まった、由緒ある教会である。

マーブル教会〔PHOTO〕wikipedia

「積極的思考」の元祖

だが、今日この教会が歴史に名を残しているのは、「17世紀の史跡」としてではなく、「20世紀の軌跡」としてである。

同教会の牧師を半世紀以上にわたって務めたノーマン・ヴィンセント・ピールは、カウンセリングをアメリカの一大ビジネスへと成長させ、ラジオや雑誌などのメディアを通して全米に知られた人物である。

1952年に彼が出版した『積極的考え方の力』は、3年以上にわたって「ニューヨークタイムズ」のベストセラーに入り続け、全世界で2千万部を売り上げた。日本でもすぐに翻訳が出たが、半世紀以上経った今でも新訳が刊行されるほど、根強い人気がある。

この本の何がそんなに魅力的なのか。内容はごく簡単である。

 

一言で言えば、「自信をもちなさい」ということである。そうすれば、万事がうまくゆく。自分が成功するイメージをもち、ネガティヴな考えを追い払い、現実を楽観的に見なさい。それがあなたに力を与え、成功と幸福を約束してくれる──。これがピールのメッセージである。

キリスト教の牧師であった彼は、その方法を聖書に求めている。たとえば、これから一世一代の大事業を始めようとしている人に、彼はこう諭すのである。

「わたしを強くしてくださるかたによって、何事でもすることができる」(「ピリピ人への手紙」4:13)という言葉を紙に書いて、仕事に出かける前に三回読みなさい。

あるいは、販売成績に悩むセールスマンには、「もし神がわたしたちの味方であるなら、だれがわたしたちに敵し得ようか」(「ローマ人への手紙」8:31)という言葉を何度も唱えて覚えるように勧めている。

「積極的考え方の力」とは、今日でも聞かれるこうした自己啓発的なセラピーの元祖のことである。

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