故きを温ねて新しき曲を作る
私は来日当初、慶應義塾大学の「音楽専攻ではない学生たち」を相手に作曲法を教えていました。そのころ、彼らには “ちょっと普通とは違う” 方法で、曲作りに挑戦してもらっていました。
それは、「モード」とよばれる中世ヨーロッパの古い音階を使う方法です。モードは、別名「教会旋法」ともいわれ、「グレゴリオ聖歌」などがまさにこの音階で書かれています。
作曲の授業は通常、誰もが慣れ親しんでいる「ドレミファソラシド」のような調性音楽をベースにおこなわれます。長調(メジャー)を使えば明るい曲調が生まれ、短調(マイナー)ならば暗い曲調になるといった、ごく一般的なところから教えていくのが普通です。
私はどうして、そのスタンダードな道を避けたのか? その道筋がおそろしく単調で個性の見えない、ありきたりな曲づくりに突き当たりそうでいやだったからです。ラモーが18世紀に確立した「和声学」をベースとする「現代の曲の構造」。
それはもちろん重要で、まさしく現代音楽の基礎ではあるのですが、いったんそこから離れ、馴染みの薄い教会旋法という “非日常” にトリップしてもらうほうが、きっと楽しいはず!
──そう考えての、私独自の教育法でした。
教会旋法とはどのような手法か?
教会旋法の最大の特徴は、ピアノでいえば白鍵だけを使った音階であることです。
どの音から始まる旋法においても、使われている音は「ハ長調」に登場する白鍵「ドレミファソラシド」だけ。始まりの音がレになったら、そのまま「レミファソラシドレ」がレのモード、ファになったら「ファソラシドレミファ」がファのモード……という具合に、いくら名称が変わっても、黒鍵はどこにも登場しません。
わかりやすい!
以下の楽譜は「リディア旋法=ファのモード」です。

ファから始まって、「全音・全音・全音・半音・全音・全音・半音」と並んでいます。
「全音」とは、ピアノの黒鍵をはさんで隣どうしの白鍵を弾いたときの音の開き具合、「半音」とは、隣どうしの白鍵と黒鍵、あるいは黒鍵をはさまずに隣り合った白鍵を弾いたときの音の開き具合のことです。