2015.08.12
佐藤さとる×村上勉
「戦争の前も後も、僕らはずっと悪ガキだった」
『わんぱく天国』復刊記念対談


村上 ぼくは終戦の年に2歳、佐藤さんは17歳でしょう。遊びもまったく同じではないから、佐藤さんには銀座の喫茶店でこまとかちょちょっとカットを描いてもらったね。
佐藤 こまは危ないから、がき大将がちゃんと試験してから遊ばせていたんだよ。鉄のわっかが入っていて、当たれば大けがするようなものを使うからね。「ブツケ」なんて上から思いきり投げ金属のコマ同士がぶつかるから、ぼくも一生懸命練習したよ。
村上 ぼくたちのときは全て木なんですよ。戦争で金物出してるでしょ。金物がないんです。
佐藤 ボタンも瀬戸物だったもんね。
村上 ぼくなんて何回お寺の樋を取っていったか。雨が降るまでは気づかれない(笑)。それを古鉄屋に売りに行くんですよ。そしたら映画代ができる。
佐藤 悪い奴だな(笑)。
村上 映画の切符切りがおばあさんのときは一人か二人だけ切符買って、もぎりしている間にそれってみんなでもぐりこんで走って入っちゃう。でも出ていくときが大変なの。「今だ~!」となったら10人くらいドカドカドカって、頭脳犯ですよ。
